嗅覚が鈍い

嗅覚が鈍いです

香木を売った(5)


qfr.hatenablog.com
のつづき。

3軒目。こちらも都心に実店舗を構えるお香屋さん。

祖母が香道を習っていた頃に、よく利用していたらしいお店です。
私自身も、顔を覚えられるほどではないですが、
香炉に入れる灰や炭団などの消耗品を購入するため、
ちょこっと利用したことがあります。

やはり今どきのセンスの良いWEBサイトを備え、
練り香や匂い袋の販売・手作り教室のほか、
香道に用いる「ちゃんとした」お道具や香木も取り扱っており
組香の体験教室なども開催しているようです。

これまでのお店の中では、
香道という伝統文化にもっとも近いところにいるお店と思われます。

鑑定してくださる方は先代のご主人。
おそらく祖母が当時接していた人でもある。
すらりとした体型と質素なお洋服が上品な印象。

照明を少し落とした店内で、すでに伽羅が炊かれています。
あー、温かくて落ち着くこの香り。

ゆったりとした所作で私の香木を手に取り、簡単に所感を述べてから
断りを入れてわずかに削り、香炉に乗った伽羅を銀葉ごと外し、
かわりに今しがた削ったものをセットしては嗅ぎ、セットしては嗅ぎ。

そうする間も先代のご主人はひっきりなしに
香木そのものの話、香木を取り巻く事情の話、
はたまた香道の話などなど、聞かせてくださいます。

物腰は柔らかく、口調もゆっくり落ち着いているため
騒々しい感じはしないのですが、どうもこの方、かなり話好きとみた。

香木そのものも、心の底から大好きなのでしょう。
まるでアイドルのことを一方的にまくしたてるオタクのようです。
私にはそれがとても好ましく感じられました。

で、見立てとしては

  1. 大モノ(113g):伽羅ですが、品質と木の形から、香道に使用できるものかというとグレー。すぐに結論は出せないため、できたら預かりたいです。
  2. かつおぶしくん(34g):インドネシア沈香。見た感じ真っ黒だけど、内部は白いかも。
  3. ずっしり様(18g):良い伽羅です。形も申し分ない、グラム¥20,000クラス。買い取りたい。
  4. 双子ちゃん(7g):良い伽羅ですが、香道に使用できる量と形ではないため、すぐに結論は出せません。
  5. 木材さん(6g):沈香、それも栽培されたものである可能性があります。

と、やはり過去2軒とそうそう大きくズレてはいない見解ではありますが、
ふたつの沈香はちょっと面白い。中は白いとか栽培とか、どういうことなのか?
興味を示す私に、ご主人はイヤな顔をせず説明してくださいます。

かつおぶしくんに関しては、その場でノコギリで輪切りにしてくださいました。
結果、内部が真っ白ということはなく想定よりは黒い、
しっかり樹脂化が進んでおり品質もそこまで悪くない、
買取できるほどではないけれど…と、試しに香炉に乗せてくださいました。

私、実はロコツに伽羅じゃない沈香を炊いて嗅いだことがなかったため、
これが初めての沈香で、嗅ぐなり「うわあ!」と思わず声が出ました。

伽羅と全然違う。嗅覚鈍いけど、わかる。
同じような種類の木のカケラなのにこんなに違うのか!
今さら何を言ってるのか、と思われるかもしれませんが、これは本当に驚きでした。

正直、ちょっとイヤな香りだと思いました。
香りの種類としてはかなり近いものであるのは間違いないのですが、
伽羅を嗅いだ時に感じる、「粒子」のイメージと温かみを伴うあの感じが
まったく感じられず、ツルンとして大味というか、
ケミカルな感じすらするというか…

いや、矛盾するようだけど、決してイヤな香りじゃあないんですけど、
にしても、伽羅とはまったく違うものなのだと、私はここで初めて知ったのです。

ワーワー言う私を見てなんとなく嬉しそうなご主人。
続けて栽培沈香についても説明してくださいます。

いわく、表面のみが黒く樹脂化しており、
内部はまさに真っ白な、普通の木のままなのだと、断面を見ながら仰います。

ジンチョウゲ科のその木を植えて、そこに敢えて傷をつけるなどして倒し、
樹脂化させることで人工的に沈香や伽羅を作り出すことはできないか?と
試した人がいたそうなのです。

まあ結局のところうまくいかず、内部までしっかり樹脂化することなく
このように出回っているようだが、炊いてもほとんど香りはしないし、
売り物にはならない、とのこと。
(じゃあウチが火事になっても良い香りしないですね!と言ったらスルーされた)

しかし、なんで私の祖母はそんなものを所持していたのだろう…

などと、そんなことを話してから、
先ほどのかつおぶしくんが乗ったままの香炉をふと、再度手に取って嗅ぐご主人。
ああ、落ち着いてきたら良い感じになった、嗅いでみてください、
と、渡してくれたので、嗅いでみました。そして再びの驚き。

さっきと全然違う。これはいつも嗅いでいる伽羅にかなり近い香り。
粒子も少し感じられる。
語彙が足りず、伽羅ほどの多幸感が得られないこの感じを
うまく説明できないものの、でも、かなり近いと思いました。

同じ木でも、炊いている最中にこうも変わるものなのか…。

ご主人はほかにもたくさんのお話をしてくださいました。
お茶しながら何時間か普通に話仕込むみたいになってしまった。
閉店後だったのに申し訳ない。楽しかったです。

(6)へつづく。