嗅覚が鈍い

嗅覚が鈍いです

夜間飛行 / ゲラン

夜間飛行様。

この香りに本格的に興味を持ったのはいつ、何をきっかけにしてのことだったか、
不思議なほど記憶にないのですが、
確かなことは、まずあのパルファンのボトルに関しては
この世にこんな美しいものがあっていいのか!?という思いを抱くほどに惚れ込んでいることです。

香水を選ぶとき、ボトルにこだわるタイプの人とこだわらないタイプの人がいるかと思いますが
私はソフトに後者で、
「ボトルがあまりにもアレだったら、そこそこ好きな香りでも買わない派」くらいのところに属します。

丸っこいよりはスクエアで、比較的シンプルで
でもシンプルすぎずラグジュアリー感があり、ずっしりとした重みのあるボトルが好み。

が、夜間飛行(パルファン)のボトルはもうそんなものは超越しており
あの端正なシルエット、
琥珀色の水を湛えた、少しくすんだグレーがかったガラス、
絶妙なアンティーク感と高級感を併せ持つゴールドの、
中央やや下寄りで重力を感じさせるレトロな文字やキャップ、
プロペラを模したあの不規則なギザギザと、それが放つキラキラ、
全体を占める、人工的な、無機的な要素と、あたたかみのある有機的な要素や
男性性と女性性、陰と陽といったもろもろのバランス、
要するにすべてが私にとって完璧すぎて、なんならボトルのみ集めたいほど好き。

さらにはこの、なんだかわからないけど惹かれてやまない表題「夜間飛行」。
小説のタイトルからつけられたこの表題、
教養のない私は正直、あらすじくらいしか把握していないんですが
それを抜きにしても夜に搭乗する飛行機やそこで過ごすけだるい飛行時間、
搭乗前後の空港のあの雰囲気なんかの個人的な記憶も思い起こさせてステキやん。

とはいえ肝心の香りに関しては、ハタチ前後の頃に第一次香水収集癖を発症していた際、
たまたまどなたかから小さなボトルをいただいてすでに試しており
ゲランの中ではかなり好きな方の香りかも…などとは感じたものの、
当時はまだ特に思い入れを抱くこともなく、スルーしていました。

近年はニッチとかメゾンとかいわれる香水が流行しており、
香りの傾向も比較的シンプルというか「何の香り」という主題のわかりやすいものが主流となっていて、
香水好きな人がたくさんいて、新しい香りがたくさん世に出てくるのを楽しく感じる一方で
夜間飛行を含むゲラン等のクラシックな香りはそういった主流からは明らかに外れていて、
それって人間が身に纏う香りとしては普通に考えてヘンじゃない?と
つい言いたくなるようなものすらたくさん世に出ている中で、
私自身もそれなりに多くの香りを試す時期を経てみてわかったのは、
やっぱり私は複雑で境界があいまいで、トップ→ミドル→ラストとそこそこ変化があって
あまり奇抜でもない昔ながらの(?)香りがどうやら基本的には好きらしい、ということです。

なんか、心のどこかでそれを認めたくないような気持ちがずっとあったんですけど
元気なときも弱ったときも、暑い時も寒い時も、
いつも変わらず「これを嗅ぎたい!」と自然に欲し続けた香りはシャネルの5番と、
大人になってあらためて(ボトルに惹かれて)試した夜間飛行だったのです。

ご存じの通りかなり賛否ある香りで、
特にトップは「床屋のにおい」「オッサンのトニック臭」などとも称される
ベルガモット+少しツンとするガルバナムのグリーンが主役。

そこに寄り添うのはモロに「土」の香り。
「古い建造物で感じるほこりくささ」っぽくもあります。なんとなく懐かしく感じるのはそのせいか。
まさにあのボトルの、グレーがかったカーキのようなアーシーな色を感じます。ビターでしぶい。

ここらへんまででまずは好き嫌いが大きく分かれそうなのですが、
私にとってみればそもそも好きな要素しかありません。

このトップはほんの数分で引いていき、
ミドル(?)の「昔のせっけん」のような
スイセンやバイオレットの甘くて粒子の細かい、上品なパウダリーな香りにやや落ち着きます。
落ち着いたとはいえ、フローラルがいろいろと感じられて一番華やかなのもこのあたりでしょうか。
アニマリックなエグみのニュアンスと、何かスパイシーなアクセントも孕みます。

その後はラストにかけて、それまで乗っかっていたトップとミドルが取っ払われて
ずっと下の方で静かに流れていたベースがまっさらになります。
夜間飛行はここからですよ。ここからが真骨頂。

肌と地続きのように、それでいて何か一定の距離をもってそっと寄り添うように香るラストは
アイリスっぽく控えめに甘いのですが、サラサラに粉っぽくて、
羽みたいに軽く柔らかく優しくて、
体感温度みたいなものが、もうどんなときであっても最高に心地いいんですよ。ふしぎ。

最低限のサンダルウッドがまた、良い感じに温度調節してくれている感じがします。
これをお香っぽいと感じる人もいるようで、私の感想としては「言われてみればそうだな!」なのですが
もしこれがお香なら、良い香り…というか気持ち良すぎて
私、死んだ?もしかして供養されてる?とか思っているうちにウッカリ眠ってしまうこと数度。

なんか、はしゃいで申し訳ないんですけど、好きすぎるからしょうがない。
今年度に入って、春から現在まで、仕事でいろいろあって
よしがんばろう!と腹を括ったり、疲労のあまり趣味がほぼほぼ楽しめなくなったり
それでもやってやる!と、乗り越えた先に何かあると信じて歯を食いしばったり、
乗り越えた先に何もない挫折感を味わったり、
あらたな目標を自力で手に入れ、それに向けてまた、やってやるぞ!と腹を括ったり
なんかそんないろいろあって、
それらをずっと、足元から控えめに支えてくれてたのが夜間飛行の香りでもありました。
もっぱら夜使うんですけど、この香りは上がりすぎたものは下げてくれるし、
下がりすぎれば上げてくれるしでフラットな状態になれる感じがして。

たびたびここに書いている通り、私は香りの好みがよく変わるので自分が信用できないのですが
夜間飛行は、たぶんずっと好きです。